西山の歴史探訪♬のアーカイブ


昭和の西山開発問題(その14;根深い対立)

新聞やテレビが一斉に西山地区の開発問題をかき立てました。
しかし、それら全ては批判であり
開発計画を元へ戻すことは出来ないのであります。
中止したとしてもこの村人の数々の亀裂は
もはやどうにも取り繕うことは出来ないのであります。

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秋の氏神様のお祭りも
以前とは比べようがない淋しいものとなりました。

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この休止届を出した村人たちの多くは
裕福な村の実力者たちだからであります。

これには宮司さんもホトホト弱りました。
その責めを一心に背負うて収拾をするため
氏子総代会に泣きついたのであります。

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宮司;
私個人の責任のような問題なんです。

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総代A;
いっぺんに、さっと、ありょー変えたようにはならんでしょうな。

宮司;
そりゃそうです。



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総代B;
手を打つことに対してご協力をお願いしたいと思います。




しかし結局は時期尚早。
具体的な解決策は出ず仕舞い。
住民感の感情の対立に想像以上に根が深かったのであります。

平和なこの部落に猜疑
(さいぎ=他人の行いや性質をすなおに理解せず、ねたんだり疑ったりすること。)
と不審、対立と混乱を巻き起こした開発計画を
担当する商社の現地事務所であります。

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ほとんど人影を見ないこの事務所に
商社の系列会社の現場監督が2名、
河川改修工事など人夫の割り当てなどを行なっております。
商社の事務を代行する責任者はこう言っております。

商社の責任者;
ここ(西山)の人間はホント、みんな姑息ですからな。
今でこそ何とか食いつないでおりますけど
人間は弱いですから・・・。
開発しようとしてほんとに本腰を掛けとるのに
なかなか進まん・・・。
それもそうゆう空気が出るんやったら
そりゃー開発も止めなしゃーない!
こっちは買い占めでもなんでもないのに。

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掲載:2022.4.24





昭和の西山開発問題(その13;虫食い用地買収の実態)

このお年寄りも同意書を出したひとりであります。
信望篤い氏子総代でもあり
且つまた出雲大社の神官(しんかん)でもあります。

従って反対や批判など一切トラブルを好みません。
つまり町長さんの覚えめでたい有力者の一人であります。

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「百万余りですよ。
安いでしょー
ま、ただですな~
売らん気はないですけーどな
やはり人間ですから、欲がありますから。
結論としましてはこの山は出しておりません。」

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「それからこの田を出しております。
これは出しておりません。
せーから、この田は出しておりません。
へーで、向こうの荒れたやつは全部出しとる言ううちが
こっちの2畝ほどあるのが出しておりません。
せーからその下は出しとるし
向こうは畑がありますが出しておりません。
せーで この2畝ほどの田を、なして出しておらんかと言うと
こりゃーーーなんですらー
1畝が十万円の田ですから出しておらんです。」

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「せーで、このお宮の山を出す契約でおって
いよいよ町にも事務をとってくる時分には「やめました!」言うて、
ありゃー出しておりません。
せーでも そこらー、隣のですが...今は、おりませんけど売っておりません。
けど、ここへ入って開発しょー言うても売ることは出来ません。
全部、私ほうのですから...ぐるりが...。
えー...まあ、私の考えです。」



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”現代さるかに合戦”か、”かちかち山”。

”過疎こそ我が命”と胸を張った町長さんの
素朴な理想は今はどこへやら。
醜く歪められていったのであります。
 
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掲載:2022.4.17





昭和の西山開発問題(その12;頓挫した開発計画)

田畑、山林まで売り払って丸裸となったこの息子、、、
今なお、ひたすら村の開発を信じ
再び帰れる日を夢見て都会のホテルの雑役、メイドとして
夫婦共稼ぎをしているのです。

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しかし考えようによってはこの夫婦のほうが良かったのかも知れません。
用地管理費の名目で年々商社から支給されていた失対事業費(失業対策事業費)は
わずか3年にして6,700万円から一挙に100万円に削られ
西山地区の商社関係の作業場から締め出しを喰ったのであります。

同意者農民は今では”根無し草”、
ほうぼうの河川改修や土木工事の現場を渡り歩いて
かろうじて事を凌(しの)いでいるのであります。
有為転変は世の流れか。。。

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用地買収が始まって早4年、
誠に不思議なことがあります。
町長の説明によれば
予定地の半分以上も確保したというのに
工事にあたる商社からは
基本計画はおろか、着工の目処、完成の時期など
村人に対して何一つ説明がないのであります。
村人は幻の開発ブームから覚め
生活の立て直しに取り組まざるを得なくなりました。

なるようになったまでよ!
批判派の人たちは「それ見たことか!」と鼻高々!
これまた不思議と言えば不思議であります。
この人たち、失対事業であって
自分たちの田ではないのであります。
農繁期を迎えながらこの人たちはどう受け止めているのか。

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掲載:2022.4.9





昭和の西山開発問題(その11;開発騒動がもたらしたもの)

開発を巡る高邁な討論も
いつか相手の攻撃に移行するものであります。
中でも攻撃の矢面に立たされたのが宮司さんであります。
”宮司憎けりゃ神様憎い”
「氏子休止届」を出すことで全会一致!
事の成り行きとは言え
神様も とんだ とばっちりを受けることになったもんであります。

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開発騒動がもたらした村人の亀裂は
隣近所、親類縁者ばかりではありません。

この一人暮らしのおばあさん、
分家させた息子たちと今度の開発を巡って
真っ向から対立しているのであります。

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Kさん(♀)
「開発が出来ればええんじゃから!」言うて
町長さんに付いて やって行きょうったんです。
あの子らが町長さんの下子(したこ)になって行きょうった訳ですけーどな。
私らー付いて行きません。
昔から残っとった遺産ですからなー。

嫁取りの時、町長が仲人であった。
だから反対出来なかった。
これが同意一番乗りの同期だったというのですから
”浪花節のお粗末”
しかし町長さんはその上、
更に残りの山林、家、屋敷まで売り渡しを要求しているのですから
正に情け無用の世の中であります。

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Kさん(♀)
どう言うてか言うたら町長さんに「出ていく」言うたら
町長さん、何とも言うてんないんです。
へーで今度は わしは考えが ちごーた。
金はもろうて何はしとるけど
(同意書は)出しとるけーど、が、登記はまだ済んどらんですけーな。
何とか決めてくれるまでは登記はせん!言うて怒って出ました。
へーで、私は出な!たー言いません。
私も連れて出る言いますけーどな。
私は付いて出んけどな、私は出んからな、
あんたらだけ出てやってみなさい、と、
今までは出たり入ったりでまーーー
割合、人気良さそうにやって行きょーりましたが
出て行く時は誰一人もおりませんでした。
ひとり、女房を連れて...子供連れて よったり(4人)で行きました。
見送りは、私がひとり、おっただけ。
それぐらいな状態になって...
それが同意者ですけー。
それが町長さんのほんの子分なんですけー。
町長さんを信用しよーったんがバカじゃったんじゃー

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掲載:2022.4.3





昭和の西山開発問題(その10;農民への嫌がらせ )

上が上なら下も下...。
行き交う道で対立をむき出しにした
嫌がらせが随分あったと言います。

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Cさん(♀)
婦人会ひとつ団体があっても同意した人と、せん人じゃ
同意した人が会長をしとられりゃー
同意せん者は気持ちが悪りーでしょ!?
へーじゃけー一緒には なれりゃーせんのです。

Dさん(♀)
そりゃー同意した人は
町長さんを足す(頼り)にしとりますから
力が えーんですけー
へーから、同意せん者は
「おめーらーつまらんもんじゃー」
のちには墓参りするんでも
ヘリコプターで行かにゃー行かれんように
側から側から みな せり上げちゃる言われたもんですけー(苦笑)

Eさん(♀)
山の者は純朴な言われとるでしょー!?
うめーことーお日さんがまわるように
この辺では”避難猿(ひなんざる)ゆー 言葉があるんです。
避難 言やー、お天道さん(おてんとうさん)のように
日の当たるところへ うめーことして通る 言うんかなー
調子のええことをするんです。
山の中の人間のくせにです。

Fさん(♀)
1ヶ月ほど休んどったんです。
そしたら私ほうへ見舞いに来る人を全部チェックしといて
何じゃゆうて見舞いに行ったんなら言うてどうも叱ったふうです。

Gさん(♀)
私ら~道内(みちうち)行ってもなー
同意した人は「おめーつまらん!ひょうしにあわん!」
また わしに言わせりゃー「そがんことーしちゃーいけん!」
なんぼーも言われましたよ。

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虎の威を傘に、開発促進委員会の横暴さが目に余るとあれば
組織には組織で対抗するしかありません。

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Hさん(♂)
昔の公平のようなところへ戻すとなれば
きっとこの同意書ゆうもんが問題になると思うんです。
これが元凶じゃろうのー

Iさん(♀)
町長さんに言やー 叱られるんです。

Hさん(♂)
叱るいうことが大体が間違いですけーなー
それが通るゆうことが間違いですけーのー

Jさん(♂)
町長が言われることが
足が地に付いとらんような気がするんよのー


掲載:2022.3.19





昭和の西山開発問題(その9;農民への嫌がらせ )

開発促進委員会は焦りました。
遂には農協、森林組合まで動員して
買収に応じない農民に嫌がらせまでしたのであります。

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Aさん(♀)
西山の者だけ備中町内でも植林をさせんのですけー。
山を売らせよー思うて。
せーじゃけー、失敗じゃけー
直接森林組合に電話で頼んで
そしたら今度は森林組合が一緒でしょ!
直ぐに町長へ言うて...。
おめー(お前)は森林組合へ苗木を注文したろーが!!
そうゆうことまで採りあげて叱る。

Bさん(♂)
有線で呼び出しをするんですよ。
今晩はオレのうちへ来い!...言うて。
せーで、翌る日になったら、
いろんな人から、あの人はとうとう
呼び出されて叱られて同意したそうな...
いうようなことが次々あったんです。

Aさん(♀)
せーじゃけー、私は出さなんだ。
「(町長は)もうあの道路、修繕ひとつもせん!」言うからな。

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同意した人たちは1割の手付金を手にしましたが
その日から他人の土地となった田畑を耕作出来るはずもありません。

一方では栗園の借金や肥料代など
この僅かな手付金の中から天引きされたのですから
その日暮らしに転落する農家が続出したのも当然であります。

農民の不平不満を緩和し、
併せて同意書を出し渋る農民への見せしめの為に
町長さんは買収済みの用地の管理費の名目で年額6,700万円、
失対事業(失業対策事業)費を
毎年商社から出させることに成功したのであります。

夫婦1日3,000円、但し雇用条件は用地買収に応じた者に限る。
日雇いの農民たちは自分たちが作った栗園や山林の管理にこき使われ、
一方、目を転ずれば土地の売り渡しを頑固と拒否して
悠々と自分の田畑を耕作している農民との差を見せつけられる度に
頭に血が上ったのも当然であります。


掲載:2022.3.13





昭和の西山開発問題(その8;国会でのやり取り)

今回はこれまで連載してきた「昭和の西山開発問題」のストーリーを
一旦ストップしまして前回の「その7;困惑の農民」の中で
申し上げたことについて掘り下げてみたいと思います。

それはこちらです。

⇒ 『国会で野党がこの問題を採りあげ
激しく政府を追及したのであります。』

そうなんです!
この「昭和の西山開発問題」が
国会でも議論されたことがあるのです。

お若い方はご存知ないと思います。

そして、実はその国会でのやり取りは48年も経った今でも
ネットのほうで閲覧出来るように残っています。

  • 第72回国会 衆議院 予算委員会 第22号 昭和49年2月25日
    • ○阿部(昭)委員 私は、商社の土地問題についてお尋ねをしたい。
      丸紅さん、あなたのところは、農業関係の法規に基づく農業者になっていらっしゃいますか。

      ○桧山参考人 御質問の趣旨、はっきりわからないのですが……。

      ○阿部(昭)委員 農地法あるいは農業基本法その他の農業関係のたくさんの法律があります。この法律に基づく農業者に、丸紅さんはいつおなりになりましたか。

      ○桧山参考人 まことに不明のいたすところ、私、農業者になっておるとは思いませんが、何かもっと精細に……。

      ○阿部(昭)委員 丸紅さんは、会社の定款その他に、農業を営む法人、こういうぐあいに規定されておりますか。

      ○桧山参考人 定款には、ないと思います。

      ○阿部(昭)委員 そこで、お伺いをいたしますが、岡山県備中町という町がございます。この備中町に西山地区という地域がございますが、大体、戸数にして二百戸余り、この皆さんの持っております土地、これが大体千七百ヘクタールぐらいだと思います。水田あるいは畑あるいは山林原野、いろいろなものがありますが、この二百戸余の皆さんの持っておるすべての土地の大体八〇%程度のものを買収して開発をしよう、こういう計画をあなたのほうでこの数年来進めていらっしゃるのでありますが、御存じでございますか。

      ○桧山参考人 詳しくは存じませんが、知っております。地元住民の過疎対策として、住民から強い要望がありましたので、そこをリゾートゾーンとして開発計画をつくり、一部計画を申請中であり、いま一部は、牧場として十万坪をすでに活用中というようなことの報告を受けております。

      ○阿部(昭)委員 話は飛び飛びになりますが、この西山地域のすぐ近い地点を中国高速縦貫自動車道が通る、このことを、あなたのほうで御存じになったのはいつごろです。

      ○桧山参考人 私、いまでもいつ通るか存じておりません。

      ○阿部(昭)委員 桧山社長、ちょっとおかしいじゃありませんか。あなたのほうで、この備中町の町長との間に契約をしております覚書というのがあります。この覚書によりますと、中国高速自動車道が通る、その近所に東城インターチェンジというのが設置をされる。これが設置をされた段階で、買収いたしました土地の代金の総金を支払う、こういう覚書を、備中町長との間に行なっておるのであります。この中国高速縦貫自動車道が通る、インターチェンジがそこにできる、このことを、あなたのほうで知らぬはずはない。そのことを承知なさったのは、いつごろですか。

      ○桧山参考人 私、いまもって、先ほど申し上げたように序じませんので、さっそく担当の専務に、いつそういう事態を知ったのか、尋ねてまた御報告いたします。

      ○阿部(昭)委員 私は、先刻この委員会におきまして、この問題をお尋ねする、したがって、この備中町西山地域の開発計画について、あらかじめお調べをしていただきたいということを申し上げておったのであります。
      私のほうから申し上げますると、この開発計画は、備中町町長を丸紅飯田のダミーとして土地の買い占めを進めておるのであります。しかも、この買い占めの中で、私どもが問題に思いまするのは、一千七百ヘクタールの、その地域の農民の持っておる農地、山林、原野その他一切、その大体八〇%を買収する。この買収計画にあたって、土地の値段は一平米三十三円を平均とする、一坪百円であります。この買収を今日まで進めておるわけでありますが、現在、あなたのほうで買収を完了いたしました面積は、どの程度になっておりますか。

      ○桧山参考人 まことに残念ですが、いま存じておりません。また、それもさっそく調べて御報告いたします。

      ○阿部(昭)委員 御注意を願いたいのですが、私は、具体的な質問をいたしますから、あらかじめ御準備を願いたいということを、先ほど書面で前もって申し上げておるのであります。
      私のほうから、さらに申し上げますると、たんぼも畑も山も原野も一切のものを、込みで坪当たり百円で買う。現在、あなたのほうで買収を、ほぼ完了している面積は約八百ヘクタールであります。ところが、表の登記上、買収を完了いたしました面積は、それには達しておらないはずであります。ここに「土地売却同意書」というのがある。これは個々の農民が、所有者が町長に対して、一たん売るというやり方をしているのであります。そして、その町長と丸紅飯田との間に、この覚書による契約を持っておるわけであります。その契約によりますると、「土地売買は町が一応所有者個人より買受け、これを丸紅飯田株式会社に売却するものとするが、登記は、直接丸紅飯田株式会社に移転するものとする。」、こういうこになっておるのであります。
      そこで、問題は、坪当たり百円で西山地区のすべての土地の八〇%、これを買収する。ところが、冒頭申し上げましたように、桧山社長さんのところは、農業を営む法人じゃない。農業を営む法人でありませんから、農地を直接買い取ることはできない。したがって、備中町長をダミーとしてこれに買収をやらして、その地域の八〇%、さらに坪当たり百円という値段は、いかにも安いのであります。現在、すでに中国高速縦貫自動車道は着々進行してきておる。大体、四十九年中には、東城インターチェンジまでは参りませんけれども、落合の地点あたりまで、大阪方面からこの縦貫自動車道が到達をする、五十年度には、大体、東城インターチェンジに達する。現在、坪当たり百円で買収いたしました土地は、四年の間に、すでに二十倍程度に達しておるのであります。おそらく明年、明後年、東城インターチェンジが完成する段階に至りますると、この土地は百倍程度に達するだろうというのが、現地の見方であります。農民は坪当たり百円で土地の提供を――たんぼ、畑、一切のもの、込みで平均坪百円。その際、この契約によりますると、この皆さんに、丸紅飯田は就業の機会を保障する、こういっておるのであります。ところが、就業の機会は、現在、保障しておりますか。この二百戸余の皆さんは、いま出かせぎに出ておる。あるいは地元で零細ないろいろな仕事に従事をして、土地はみんなあなたのほうに、ただ同然で買収をされた。
      あなたのほうのこの計画を見ますると、土地をただ同然で買収をする、村ごと、土地ごと、あるいは人間も全部買収するという計画であります。仕事は一切保障する、そうして結果的には、この二百戸余の皆さんの仕事の保障は、この数年来保障しなかった、こういう状況で経過しておるのであります。この事実を御存じですか。

      ○桧山参考人 全く存じません。私のほうでは、過疎対策として地元住民に大いに協力するということで、リゾートゾーン対策に入っておるという報告だけを受けておりまして、いま先生のおっしゃったようなことを、さっそく帰って十分に調査して御報告申し上げます。

      ○阿部(昭)委員 備中町の小田町長は、私がお目にかかりましたときに、たいへん困っておりました。そこで、これは私がお尋ねしたのではないのでありますが、地域の関係者の皆さんに、町長はいまたいへん突き上げられておる。町長は、私に会いましたら、丸紅の会社から金などもらっておりませんということを最初に言っておりました。私は、金をもらっておるかと一ぺんも聞いておらぬのであります。会いましたら、一言、二言いろいろお尋ねしております間に、丸紅の会社から私は金など受け取っておりません、こう言っておるのであります。いま、この地域の皆さんは、坪当たり百円で、ただ同然で八百ヘクタールの農地をあなたのほうへ買収された。しかし、農地法違反という問題がありますから、現在の段階では、備中町長が八百ヘクタールの農地について、まだまだ相当部分のものは契約をしておる。そして、これが農地法上、いろいろな処理が終わったところで、あなたのほうに登記を移転する、こういう契約になっておるのであります。
      そこで、問題は、すでに現在、この土地が十倍から二十倍に達しておる。あなたのほうは、四年前、この契約を締結されて、土地の支配権をあなたのほうですでに持っておるのであります。しかし、この約束にあります就業の機会を、この地区民の皆さんに保障するということは、全然やっておらぬわけであります。そして紛争が続いておりまする間に、いずれ再来年あたりになりますると、東城インターチェンジができる。あのあたりの地価が百倍程度に達する。一つの村ごと、この契約では、住んでおる住民ごと、全部まるごとあなたのほうでは買い込んだ。八百ヘクタールのこの土地を、東城インターチェンジが完成した段階で、いろいろに開発をしていくわけでありましょう。ものすごい利益をあげるに相違ないのであります。地域の皆さんは、八百ヘクタールの農地、その上に立木その他いろいろなものを込みで、当時、大体四億程度のものが支払われたのではないかと思っております。このお金は、いまやどこにいったか。四年間、仕事を保障するというあなたのほうの約束は、全然守られませんでしたから、過疎対策どころか、すべての皆さんが出かせぎ、兼業に転化せざるを得ない状況が起こっておる。いま一両年の間に、あなたのほうは、当時の買収価格の百倍ぐらいの値段になるのであります。その場合、値上がり部分は、あの地域の住民のために還元をすべきだと思うが、いかがでしょうか。

      ○桧山参考人 適正な諸経費とかそういうものの計算に立って、私は、当然全部還元してけっこうだと思います。

      ○阿部(昭)委員 農地法違反は、どう認識をいたしますか。あなたのほうは、農業を営む法人じゃないのであります。この法人が現実に農地を、備中町長をダミーとして買収しておる。その事実は、あとでお目にかけますけれども、この覚書契約書によりますれば、歴然であります。しかもあの地域に栗園というのがある。これにつきましては、政府が構造改善事業による補助金を交付してつくった栗園であります。この栗園の経営は、いま、あなたのほうに移しておるわけであります。これが、いま問題になりまして、いまその構造改善事業としての補助金の返還の問題が問題になったことも御存じのとおりだと思いますが、それを存じておりますか。

      ○桧山参考人 全然存じておりません。
      いずれにしましても、本件が農地法違反とか、そういうことであるならば、買収を無効にして、もとに返したほうがいいんじゃないかという気がします。いずれにしましても、それが、また、いろいろないきさつを十分存じあげませんので、それが、そういうダミーとかなんとかいうことではなしに、いろいろな契約が生きておるとするならば、契約のとおりに履行して、そして、それによる収益というものは、全部当然地元住民に還元するということであろうと思います。また、そうさせると、ここで申し上げてけっこうです。

      ○阿部(昭)委員 先ほどの御答弁で、いろんな経費を引いて残ったものを返します、こう言っておるのでありますね。

      ○桧山参考人 その契約を履行する場合、またどういう――最後まで履行できるのか、いまの先生のお話ではわかりませんから、契約を無効にするのがいいのか、契約を履行したほうがいいのか、履行した場合に、還元する場合には、たとえば私のほうの諸経費というものを引いて全部還元する、こういうことで、私のほうは、利益とかそういうものは一銭も要りませんということを申しげたわけであります。

      ○阿部(昭)委員 もう一度申し上げますけれども、あなたのほうは、農業を営む法人じゃないのであります。この法人が、現実に農地である地価住民の所有地、あるいは特にこの中における構造改善事業の国の融資を受けた農業経営のものを、そのまま全部あなたのほうで買い取ったのであります。
      そこで、この契約書にありますように、あなたのほうで直ちに買い取るわけにいかない、買い取るといたしますれば、これは手がうしろに回るはずであります。そこで、備中町長を媒体として、備中町長と住民との間に契約を結ばしておる。これは厳密にいいますと、備中町長といえども、農地法違反を犯すことは許されないのであります。したがって、すでに二百戸余の皆さんのうち百六十戸程度の皆さんが、農地の大部分をあなたのほうに、ただ同然の値段で買い取られておるわけでありますが、いずれ、ここにインターチェンジができまして、ずっと値が上がっていくのでありますが、これを一切もとに戻す、こういうお考えは持たれませんか。

      ○桧山参考人 いずれにしても、違法であるとかそういうことで、契約がそうであるとすれば、もう全部を白紙に還元したほうがいいだろう、私はこう思います。

      ○阿部(昭)委員 それでは、この問題は、いま私が指摘いたしました問題を、桧山社長のほうにおかれて、さらに調査をされて、報告をしていただきたいと思います。
      この機会に、丸紅さんは、海外にどの程度の土地を買い求められておるか、お聞かせを願いたいと思います。

      ○桧山参考人 はっきり存じておりませんので、それも後ほど一緒に御報告させていただきます。


      ※第72回国会 衆議院 予算委員会 第22号 昭和49年2月25日より



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あと成美大学(京都府)経営情報学部【英語・メディア教育研究室】 教授の池田広子先生による執筆「過疎地の開発と教育の実態」(1980年5月=昭和55年)もご紹介します。
この「西山開発問題」のことについても、そしてこの当時西山が抱えていた問題だったり地域の状況や意識調査なども行なっていて、しっかりとその調査結果をまとめていますので必読の価値ありです。


掲載:2022.3.6





昭和の西山開発問題(その7;困惑の農民)

開発計画に真っ向から反対しているのがこの人であります。
と言うのも、開発用地の中には政府融資を受けて開拓し
その金さえ還し切っていない構造改善事業の栗園154haが含まれ
更に水田87Ha、畑35haが対象となっているからであります。
これは西山地区の水田の約90%、畑80%にあたります。

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これでは村ごと商社に乗っ取られる。
しかし...いや、しかも一世帯夫婦2名以上の完全雇用と言うけれど
その規模、条件など町と商社任せということでは
たとえ何と言われようと
同意書に版を押すわけにはいかぬ!というのであります。

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この一家は西山地区の特農家として知られ
町長さんも宮司さんも
この一家の反対を極度に恐れていたという伝説があるのです。
同意書を提出した農家は西山地区のほぼ半数、
買収の仕組みは町に地域開発特別会計を設け
そこに商社からの資金を繰り入れ
買収代金に充てるのであります。
従って県や自治省への決算報告には
一切頬被り、トンネル処理になります。
監督官庁がその実態を知る術さえないのであります。

一方、買収に応じた農民たちが真っ先に出したのが
借金で、にっちもさっちもいかなくなった栗園だったのであります。
ところがこの栗園というのが
各戸バラバラ、飛び地飛び地で散らばっている上、
先程申し上げた通り、政府融資による構造改善事業なのであります。

従って所有者の名義変更をする場合、国や県の補助
融資は全て返さなければなりません。
しかしこれだけ数がまとまり、一斉に止(や)めるとなれば
この事業を適当と認めた政府の責任まで追及することになりかねません。
事実、今年の初め、国会で野党がこの問題を採りあげ
激しく政府を追及したのであります。
そのためかどうか、
栗園の転用を巡る農林省の決定は未だに出ておりません。

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掲載:2022.2.26





昭和の西山開発問題(その6;宮司による批判派の折伏)

山あいの村は本来、素朴で信仰心の篤いところであります。
宮司さんは神のように気高く偉大なのであります。
氏子はこの宮司さんを敬い尊びました。
氏子に対して宮司さんは常日頃、「田畑は国の宝」、
「農民は土に生きてこそお家安泰」と教えていたのであります。

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だからこそ町長が開発促進委員会を組織して
一瀉千里(いっしゃせんり;物事の進み具合の勢いが激しく、
よどみなく一気にはかどること。)
用地買収に取りかかった時
農民はこの宮司さんこそ百姓の味方、
杖とも柱ともなって、
この買収から自分たちをお守り下さるだろうと
固く信じていたのであります。

ところがであります。
一夜明ければこの宮司さん、
あろうことか開発促進委員会の副会長に収まり
批判派の農民を折伏(しゃくふく;相手を強く責めたて、打ち砕いて、納得させること)して廻ったというから
正に驚きであります。

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これ全て神の啓示でありまして、「開発促進こそ時の流れじゃー!」と、
のたもうたに相違ないのであります。

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もっとも村人たちは
「なーに!町長と宮司は義理の兄弟じゃー!
偉そうなことを言うても町長の取り巻きのひとりよ!」
素朴な西山は忽然と神をの昔に還り
政治と祭りごとが見事に一体化したのであります。

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掲載:2022.2.19





昭和の西山開発問題(その5;戸惑う住民の声)

田畑、山林によりまして坪単価に多少の差がありましたが
一坪100円、場所によっては70円、
しかも土地売却に同意した場合、開発優先の建前から
土地の私有権を停止し買い受け、
その他、町と商社の命ずるまま、
ひと言も苦情が言えぬままという
ものすごい但し書きが付いているというものであります。
町長は説明会のあと、土地売却同意書を配り
直ちに署名、捺印を迫ったのであります。

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農業に絶望していた人や営農規模の小さい人は
家族と相談さえもせず、
その場で署名した慌て者も随分いたようであります。

町長は村民との感触から8割の賛成を得たと言います。
物事を推し進めるためにはタイミングと押しの一手があるのみであります。
町長は同意書を出し渋る農民に高飛車で強引な説得に立ち上がったのであります。
いや、これには こたえました。
鬼より怖いワンマン町長に呼びつけられガンガンやられたのですから
震え上がるのが当然であります。

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Aさん;
「あのー、結局、町長さんに言われた時には、私はハッキリと断った。
主人が気の小まい者じゃから、町長さん、そないに言われるけどな
そりゃ土地をソックリ出せと言われても
そんな気の小まい者に同意しようとせん者に、私も帰って説教をようせんと、
そうゆうたら、(町長さんは)なにゅーよーるんなら
そがーに気が小めーもんがキチガイになったりするような者が局に出らりゃーせまーがー
そう言われた。死んで、腹を切るなり首を切るなりしねー、そう言うて...
それっきり病気をしましてなー
せーで、そりゃー版を押せ!ゆうて叱るんですわ。
田原の農協の前を通って田原の人がおられるのに
まー何ごとじゃろーか、
町長さんがひどー怒鳴りょーってんじゃが...ゆうぐらいにあった。
ひどー叱られて、うちらバカになって...ちょっとバカや あんごーになって。
運転して田原に出るんが、よー出れんよーになって。
わきーわきー(道路の端のほうへ、端のほうへと隠れるように)へ運転するようなことになってしもうて
ちーとの中、休んだんです。
どーも、あんごうのようになったり、よー聞こえんのです!
何か言うちゃってもバカになってしもうて
ひどー叱られたもんですけーな、あんごーになったんです。」

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さすが大町長であります。
逃げも隠れも致しません。

小田町長;
ちょっとうまくいかない時は直ぐに僕の悪口になります。
これもやむを得んです。
僕を訴えられとるからね。
有り難いことだと思うんですよ!


掲載:2022.2.13





昭和の西山開発問題(その4;同意書)

部落ごとの説明会で町長は言いました。

もはやこの西山に過疎と貧困は無い。
農業大学を建て看護婦50名が常勤する
一大総合病院を建設する。

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景気の良い計画が町長の口から
ポンポンと飛び出すのですから
村人は耳を疑いました。
しかし現実は現実なのであります。
これほどハッキリした話しはありません。

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活気に満ちた質疑は続きました。
恐らくこれほどの期待と希望に満ちた集会は
西山の歴史始まって以来のことだったと思われるのであります。

これからは辛い出稼ぎに行かなくても済む。
休耕だ、減反だと変化する農業政策に一喜一憂せずに済む。
しかも開発後は一世帯夫婦2名の割で商社に就職出来る。
それも日雇いではないのであります。

村人のほとんどは日雇い、出稼ぎの悲哀を
身を以て経験しているだけに
この降って湧いた話しにざわめきました。

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この計画を推進するために是非、皆さんの協力が必要である
買収用地1,363ha、つまり諸君の所有する土地を
各自8割ずつ無条件で提供してもらいたい。

これがその同意書であります。

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掲載:2022.2.5





昭和の西山開発問題(その3;西山の「開発計画」)

この時にあたって町長が胸を張り高々と打ち出したのが
これから申し上げる「開発計画」だったのであります。

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小田町長;
過疎の本当の生命に触れられたら
過疎では無い!一番良いところだということですね。
いいでしょうが~
こうゆう所へ都会の人がセカンドハウスを建ってもらって
生活してもらいたいと思いました。
ただ問題は、うち(西山)の仕事は基本、ゴルフ場ということ。
で、ホテルを建てたりしますよね。
僕ら、乗馬...馬をやるのもいいと思いますね。

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過疎こそ我が命、過疎を逆手にとって売り出そうという辺り、さすがは名町長。
18年の長きに亘って町長の椅子に座るだけの大人物だったのであります。

計画は迅速かつ秘密を要します。
何しろ総面積1,700haに及ぶ開発計画であります。
不動産ブローカーの暗躍やごね得は絶対に排除しなければなりません。
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町長さんはほんの2~3の腹心にだけ計画を打ち明け
大手の総合商社に持ち込み、
一切の事業計画をまた出すと言うことで契約したのであります。
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その結果、商社が示した事業計画はゴルフ場、分譲別荘、観光牧場など
締めて1,363ha、実に西山地区の総面積の8割に及ぶこととなったのであります。
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掲載:2022.1.30





昭和の西山開発問題(その2;プロローグ(2))

中国自動車道第一期工事、吹田~落合間は昭和49年秋、
開通を目指して目下急ピッチで工事が進んでおります。

折も折、田中総理直々の
日本列島改造改造計画が話題となり、これがまたウケました。
過疎地帯と言われる中国山地にとって、これぞ正に時の氏神!
縦貫道の完成を前に沿道の各町村は列島改造の先取りとばかりに
次々と開発計画を発表したのであります。

企業誘致がいつの間にか
レジャー開発にすり替わっていようと構っていられないのです。
過疎からいかに脱出するか...、
ただそれだけが問題なのであります。

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岡山県の”チベット”備中町西山地区、新見・東城インターチェンジが
開通する昭和51年に照準を合わせたこの地区の開発のあり方は
国会でも採り挙げられて物議を醸し、
数々の教訓と資産を残しているのであります。

海抜六百数十メートル、忽然と開ける高原台地に、
面積1,700ha 147戸の純農村であります。

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かつては米所として知られ椎茸作りでそれなりの生活が出来たのです。
戦後、炭焼きがプロパンに取って代われ、
さらにここ数年の休耕水田の制度が
村人の生活をまたまた追い詰めたのであります。
農業構造改善事業として地区ぐるみ栗の栽培に踏み切ったのも、
ちょうどこの頃でありました。

だが、その結果は惨憺(さんたん)たるもの。
わずか数年を経ずにして農協からの借入金が
1戸あたり平均百万円に達したのであります。
素朴な順応な村は出稼ぎの村へと変わりました。
このままでは破滅するという危機感が西山地区を重苦しく覆ったのであります。



掲載:2022.1.23





昭和の西山開発問題(その1;プロローグ(1))

高度経済成長期も終わりに近い1970年代後半、
日本中で田中角栄首相の唱える
列島改造論に沿った開発が行なわれていました。

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そんな中、岡山県備中町でも商社による
一大レジャーランドの建設話が持ち上がりました。

町長はこの計画に全面的に賛成し、
住民に土地の明け渡しと建設協力を求める
「同意書」を取り付けて周ります。

バラ色の未来を信じた町民と
先祖伝来の土地を明け渡したくない町民との対立が
町の亀裂を生みます。

しかし、いずれも町の将来を考えてのことでした。
山あいの小さな町で繰り広げられた人間模様がありました。



掲載:2022.1.11





番外編 昔の西山の軒数・人口はどのくらい?

今から56年前の1965年(昭和40年)、
西山はどれくらいの家があったのかを示す記述がありました。
出典は「備中町史-本編」です。

この当時はまだまだ軒数も人口も多かったのではないかという想像もありますが
各地域別(町内会別)に集計してありました。
あくまでも「地区別年齢別農家人口表」によるもので、次の通りです。
(農業人口となっていますが16歳未満の数も合計に含まれているので、中学生以下の子供も集計されていると思われます)

総農家数農業人口
高岩・簾竹22119
麓・小谷1358
目尾・奈良熊26137
吉家1977
六日・二五砂42199
大蔵・畑谷・畑崎35165
合計157749

※(注意):データーは「備中町史-本編(P.949)」に記載されている1965年「中間農業センサス農家調査結果表」より作成したものである。

ちなみに昭和40年度の西山小学校の児童数は106名、
西山中学校の生徒数は78名です。


なお、更にさかのぼって明治13年の西山村の「村史」よると
戸数155戸、人数は男322人・女318人で合計640人と記載されているようです。


また、興味深い記事として「同族=株内」のことが記載されています。
株内(かぶうち)という言葉はこの数十年、
ほとんど耳にすることも無くなりましたが
確かに昔は使われていた記憶もあります。

山間部の中での生活にはひとつの結束を元に成り立っていて
例えば本家分家においての家同士の繋がりもそうですが
同族同志の結合や血縁の親子兄弟関係はもちろんのこと
養子縁組や師弟関係なども含めた広い範囲での系譜関係を総じて
株内と呼んでいたように思います。

西山における その株内のことも「備中町史」には記載されています。
文章で書かれていますが簡潔にまとめると次のようになります。
ただ明確な戸数、人数については全部が書かれていません。

高岩(17戸);小林株(4)二株に別れる、野村株(3)逸見株(2)渡辺株(2)
吉家(16戸);片岡株(3)、それ以外は単独戸
目尾(19戸);嶋村・谷本・藤井・杉 (それぞれ2戸ずつ)、それ以外は単独戸
小谷( 8戸);すべて単独戸
麓 (16戸);井上株(3)横木株(2)
奈良熊(12);井原株(4)小吹株(2)細川(2)
二五砂(20);嶋村・木原・赤木(それぞれ2戸ずつ)、それ以外は単独戸
六日(不明);丹下株(3)、名越株・植田株・・・・
大蔵(不明);小田株・小坂株・高谷株(それぞれ2戸ずつ)・・・・

※注釈:「備中町史」は昭和39~47年に亘って執筆・編集されたものなので、上記の株内についての数的なものはいつ時点のものかは不明であります。従って「昭和40年、中間農業センサス農家調査結果表」とはかなり異なるものだと思います。



掲載:2021.6.5





番外編 備中町平川の陥没災害

4/15 RSK山陽放送さんより...
イブニングニュース地域を見つめた50年
備中町平川の陥没災害

今から22年前、備中町平川に於いて
大規模な土地の陥没災害が起きました。

山間の静かなこの地区
平川郷地区、現在58世帯94人が住むこの地域を
22年前の春先に襲ったのが広範囲に亘る土地の陥没でありました。

農協の倉庫に直径4.5mもの大きな穴、
多くの場所で地面に亀裂が入り
家屋への被害も次々と明るみに出ました。

被害は集落を流れる下郷川沿いに多く見られました。

頻発する陥没に不安な日々が続きました。

当時、大きな被害を受けた旧農協倉庫があった場所は
今、どうなっているのか。
今も平川郷地区に住み続ける瀬戸川さんに案内してもらいました。

(倉庫は撤去されて更地になり舗装されています・・・)

陥没は平川郷地区の氏神、稲荷神社も直撃しました。
神社が建っていた場所も底が抜け大きな穴が空いたのです。
二ヶ月後にはその穴に神社全体が落ち込みました。

更に陥没発覚半年後の10月には住宅の納屋が倒壊しました。
この年、平川郷地区では15ヶ所が陥没の被害に遭いました。

何故、このような陥没が発生したのか・・・

2000年3月、岡山県の調査委員会は
陥没は平川郷地区に流れる地下水を原因とした自然災害と断定しました。

つまりは地下水が石灰岩の岩盤を溶かしたことで
その上に堆積している土砂が流れ込み陥没したというのです。
その後、国は、備中町の陥没を局地激甚災害に指定しました。

これを受け当時の備中町は平川郷地区のすぐそばにある
山添地区を造成して町営住宅を建設。
被害を受けた人の移転を進めました。

当時この地区に移転してきた今井伸幸さん。
平川郷地区を離れてやっと安心出来る生活に戻れたと言います。

実はこの平川郷地区、今回取材して新たに分かったことがありました。

22年前、大きな穴が空いた旧農協倉庫の直ぐそばの畑に陥没の跡が・・・。
この穴は今月になってから見つかったものだと言うのです。

更に・・・

他の畑でも至る所にくぼみが・・・
こちらは2018年の西日本豪雨のあと、陥没したといいます。
その穴は今でも少しずつ広がって来ています。

高梁市によりますと陥没箇所は今でも年に5~6ヶ所増えているといいます。
高梁市は平川郷地区など併せて8ヶ所、水位計などを取り付け
陥没が起きていないか今でも監視を続けています。

当時、およそ80世帯200人が住んでいた平川郷地区ですが
移転に加え過疎、高齢化で現在は100人を切りました。
今でも陥没の懸念と隣り合わせですが
それでもこの地から離れることなく暮らしている人は数多くいます。
ガソリンスタンドを営む丹正さんもそのひとりです。

Q:
陥没があったから他地域への移転は

丹正さん:
それは思ったことはないです。

Q:
それはどうしてですか。

丹正さん:
どの地域でもいい面はあるけど、悪いところもある。
石灰岩の地域なので陥没を止めることはなかなか難しいと思う。
ただ、ここで暮らす以上は付き合っていくしかない。


今も尚、陥没の不安と隣り合わせの生活が続きます。。。
大規模な陥没災害が起きて22年目の高梁市備中町平川郷地区です。


  • 4/15 RSK山陽放送さんより...イブニングニュース地域を見つめた50年
    ※Wi-Fi環境をお勧めします

※西山以外でも、思わずおぉっ!!となった記事を「番外編」として掲載します(^^)


掲載:2021.4.16





番外編 トロッコ道跡(田原・成羽)

明治後期~大正初期に成羽川の左岸に整備されたトロッコ道は
吉岡銅山と成羽を結び銅の搬出や
製錬に必要なコークスや木炭が運搬されていました。

三菱の専用道路であったこのトロッコ道、
輸送力は馬車輸送に比べて飛躍的に向上しました!

続きを動画で見て下さい。。。
(KIBIケーブルテレビさんより 「2021.3.25放送 こんにちはニュースキビ」)



  • 関連記事

    動画にあった、工事中の犠牲者を供養するために岩に「南無妙法蓮華経」の文字を彫った、とする文字岩はこちら ↓

    明治末、吹屋の吉岡鉱山が盛況となった。輸送力が不足したため、田原・成羽間にトロッコ軌道の敷設が計画された。明治四十年三月に工事開始し、翌年に開通した。明治四十一年九月、工事請負人水田市太郎は、成羽川左岸市原の岩盤に、南無妙法蓮華経日蓮大士、と彫って犠牲者の供養をした。現存する。

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    ※岡山文庫「備中町再発見」著者 高見 寿先生のTwitterより拝借

田原の平松運送店は、この地方随一の富豪であった。当時田原は交通運送の唯一の機関高瀬舟の終点で、地方物資の集散地であった。平松運送店はそうした物資の取扱店であった。また、吉岡銅山トロッコの終点田原駅の管理も担当した。敷地内に、美保神社と稲荷神社を勧請している。

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※岡山文庫「備中町再発見」著者 高見 寿先生のTwitterより拝借


掲載:2021.3.25





風致園

西山の中心地には六日(むいか)と呼ばれる小集落が有り、そこには既に閉校となりましたが小学校や中学校があったり、郵便局があったり、コミュニティハウス西山荘と呼ばれる憩いの場・みんなが集まれる施設(高梁市指定の災害時の避難所)など...まさに地域の中心地としての役割的な建物があります。
そして旧西山小学校の裏側には一見、古墳を思わせるような風致園と呼ばれる小さな丘があります。別名として「西山天神が丘」とも言われています。
元々は古瀬田(こせた)と屋号を持つ、西山では江戸時代から代々に亘って庄屋として、今でいう処の”地域おこし””事業発起”としてとても大きな役割と功績を残してきたもので、その古瀬田(赤木樟一氏)の庭園でありました。
その風致園には菅原道真公を祀った小さい祠があることから天神祠と呼ばれるようになり古瀬田も宅神として祀られていたとのことです。

※参考文献;『備中町再発見』高見 寿著 /『備中町の名所』高見格一郎著

風致園に菅原道真公を祀ってある天神祠(左)、3基の彰功碑(右)
画像の中央には「高山(たかやま)」が雄大に見えてます。
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古瀬田(こせた)と屋号を持つ庄屋の建物は
傷みは激しいものの、今なお現存しています。
20200616_02_R (2)


今回、「西山の歴史探訪」として第一回目をお届けしました。
これまで通り不定期ですが今後、この「西山の歴史探訪」をシリーズ化して掲載していく予定です。
画像は出来るだけ現在のものを、そして古い画像も手元にあるものに限りますが有効に使っていきたいと考えています。
どうぞお楽しみに😉👋
次回は、「天神が丘の彰功碑」を予定しています。


掲載:2020.6.16


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